ぶらり文学散歩:竹久夢二編 案内人・勝野美葉子

竹久夢二は、大正時代を代表する画家として広く知られています。詩人や絵本作家、随筆作家、歌人としての顔を持つだけでなく、書籍の装幀や日用雑貨のデザインも多く手がけ、日本の近代グラフィック・デザインの草分け的な存在でもあります。

夢二は岡山県本庄村(現・瀬戸内市)に生まれ、18歳で上京し、早稲田実業学校に入学します。学生時代に新聞へのスケッチの投書をはじめ、21歳の時に雑誌『中学世界』に伊勢物語をモチーフにしたこま絵「筒井筒(つついづつ)」が入選し、画家デビューを果たします。以降、雑誌の世界で挿絵画家として名を上げ、雑誌の表紙から日用雑貨のデザインなどを手がけ、さらには画集や詩画集などの数多くの自著も発行しました。

大きな眼とほっそりとした身体つきで、和服を着こなしながら西洋の影響を受ける女性たちを描いた夢二の美人画は「夢二式美人」と呼ばれた。
(岩田準一 編『夢二抒情画選集』下巻,宝文館,昭和2. 国立国会図書館デジタルコレクション)
湯けむり談話室#05 竹久夢二と修善寺温泉 修善寺を描いた作品こそないけれど…
湯けむり談話室#05 竹久夢二と修善寺温泉 修善寺を描いた作品こそないけれど…
放送日:2025年3月14日テーマ:大正ロマンを代表する画家・竹久夢二と修善寺温泉 伊豆市のコミュニティーFM・FMISの番組「修善寺温泉 湯けむり談話室」の構.....

夢二が修善寺を訪れたのは34歳の時、恋人・彦乃との逢瀬のためでした。彦乃の父に交際を禁じられていたため、互いに「山」「川」と名前を変えて文通を続け、逢瀬を重ねていました。その場の一つとして選ばれたのが修善寺でした。

大正6年(1917年)1月4日、夢二は京都から沼津、三島を経由してひとりで修善寺に向かいます。この頃、夢二は彦乃を東京に残して単身京都へ移り住んでおり、間の修善寺で落ち合うことにしました。彦乃が修善寺に訪れるのは、夢二の到着から4日後のことでした。

京都から沼津へ向かう途中、「もしも山(彦乃)の来ない此夜はどうしてすごすのであろうかと考へて見る。さう考へない方が好いので。やはり来ることを想像する。さう信じると案外平気でゐられる。」と、日記に書き残しています。


初日は、「のだや」に宿泊します。この旅館は現存していませんが、白絲の瀧の崖上に位置しており、枕元に激しく雨が降る音が、本当に(にわか雨)が降ってきたかと疑うほどだったことから名付けられたそうです。

疑雨来館のだや古絵葉書より、本館浴室から望む「白絲の瀧」。かつては観光名所のひとつで、昭和初期頃までの観光案内では数多く紹介されている。


翌朝、食事を済ませると、日向ぼっこや羽子板遊びに興じてから、「菊屋」へと宿変えをしています。疑雨来館での滞在が良いものではなかったためのようですが、菊屋は宿泊客が多かったのか、「しかしもしもこゝで東京の客に出会したらとなか〳〵気が気ではない。やつぱりギウライかんにゐた方が安全だつたかしらともおもふ。」とこぼしています。

ひとり菊屋で過ごした2日間については、日記に何の記録も残していません。

そして、いよいよ待ちに待った彦乃来修の日。「アサ十ジニミシマヘツクトマレマセン」との電報を朝に受けとると、彦乃を迎えに三島へと向かいます。大仁で愛用のカメラ・ベス単で記念写真を撮り、馬車で修善寺に戻ります。

ふたりで過ごすことができたのほんの数時間のことでした。束の間の逢瀬の後、揃って修善寺を発ち三島で別れる予定でしたが、夢二はよほど名残惜しかったのか、結局鎌倉まで切符を買っています。

修善寺滞在から2ヶ月後、彦乃は日本画修行との名目で実家を抜け出し、夢二との同棲生活を京都・高台寺で始めます。出会ってから2年8カ月後のことでした。しかし、幸せな日々は長くは続かず、2年後には彦乃が結核のために23歳の若さでこの世を去ります。

彦乃の死後、夢二はふたりの日々や彦乃に寄せる思いを詠んだ詩画集『山へよする』刊行します。明示されてはいないものの、修善寺へ向かう道中と彦乃を待つ日々を綴ったように思われる章がありましたので紹介します。

竹久夢二 著『山へよする』,新潮社,大正8. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/914909 

*アイキャッチ画像の出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」

今回の特集記事を執筆するにあたり収集した古本屋画集は、修善寺燕舎に置いてあります。ご覧になりたい方はお気軽にお声掛けください。

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修善寺燕舎の店主。生まれ育った修善寺地域の活性化を目指し、お土産物などの商品開発やイベントの企画運営など、様々な活動に取り組んでいる。

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