ぶらり文学散歩:川端康成編 案内人・勝野美葉子

川端康成は、大正・昭和時代に活躍した近現代日本文学を代表する作家で、1968年には日本人初のノーベル文学賞も受賞しました。代表作の『雪国』は、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という有名な書き出しで始まり、本編を読んだことがなくて見聞きしたことのある人も多いのではないでしょうか。

主人公は孤独に悩み伊豆へと一人旅に出掛けた学生。旅の途中で出会った旅芸人一座の道連れとなり、踊子・薫に心惹かれていく物語です。作品の舞台は、修善寺温泉に始まり下田街道を徐々に南下していきながら、湯ヶ島温泉、天城峠を超えて湯ヶ野温泉を経由し、下田へ。作品全編を通して伊豆半島各地が描かれ、この作品により一躍有名な観光地となった地域もあるほどでした。

2026年に作品発表から100年の節目を迎える初期代表作品『伊豆の踊り子』は、川端自身が高等学校時代の19歳の時に伊豆を旅した際の実体験を元にした小説です。

〈お気に入りは湯ヶ島温泉〉

川端は伊豆をこよなく愛し、随筆の中で次のように述べています。

伊豆は詩の国であると、世の人はいう。
伊豆は日本歴史の縮図であると、或る歴史家はいう。
伊豆は南国の模型であると、そこで私はつけ加えていう。
伊豆は海山のあらゆる風景の画廊であるとまたいうことも出来る。

伊豆半島全体が一つのおおきい公園である。一つの大きい遊歩場である。つまり、伊豆半島のいたるところに自然の恵みがあり、美しさの変化がある。

今のところ、伊豆には三つの入口がある。下田からと、三島・修善寺からと、熱海からと、そのいずれから入るにしても、伊豆の乳とも肌ともいうべき温泉に先ず迎えられるのであるが、しかしそれぞれにちがった三つの伊豆を感じるにちがいない。

川端康成『伊豆の旅 川端康成著』

特に湯ヶ島温泉を気に入り、随筆に「伊豆の温泉はたいてい知っている。山の湯としては湯ケ島が一番いいと思う。」「私は温泉にひたるのが何よりの楽しみだ。一生温泉場から温泉場へ渡り歩いて暮したいと思っている。」と書き残しているほど。
『伊豆の踊子』の執筆や梶井基次郎との校正も湯ヶ島温泉の旅館「湯本館」で行われました。当時、川端が滞在した部屋は「川端さん」の愛称で保存されています。

〈『伊豆の踊子』映像作品の歴史〉

1926年(大正15年)の作品発表から7年後、大きく脚色が加えられて最初の映画『恋の花咲く 伊豆の踊子』が制作されました。この当時はモノクロのサイレント映画で、活動弁士による解説や生演奏付で上映されていたようです。それから21年後、美空ひばり主演で再度映画化されると、その後も数年おきに幾度も映画化されていきます。主演に起用されたのは、吉永さゆりや山口百恵ら当時のスターやアイドルたちでした。

初のドラマ化は1961年(昭和36年)のこと。NHK制作の『連続テレビ小説 伊豆の踊子』が放送されました。この放送の好評を受け、連続テレビ小説シリーズが始まりました。平成に入ってからも3度ドラマが制作放送され、現時点での最後のドラマ化は2002年(平成14年)で、モーニング娘。の後藤真希が主演を務めました。これら映像作品によって、原作や「伊豆」という地名が広く知られることとなりました。

作品の舞台ともなった湯ヶ野温泉の旅館「福田屋」は、1879年(明治12年)創業の老舗旅館で、映画版のロケ地としても度々利用されました。撮影に使用された建物も部屋も現存しています。旅館隣には、川端が存命中に建てられた直筆の一節が刻まれた石碑やブロンズの踊子像も設置されています。当時の貴重な資料や作中に登場する榧風呂の日帰り入浴を楽しめる他、作品の世界観を堪能できるようにと用意された踊子の衣装を着用されており、タイムスリップしたかのような気分を味わえます。

〈「伊豆の踊子号」と特急「踊り子」〉

1976年(昭和51年)にはボンネットバス「伊豆の踊子号」の運行が開始し、天城路の観光路線バスとして活躍。作中の踊子同様に、八丈島特産の鮮やかな黄色い格子柄の黄八丈の着物を着た女性がガイドとして同乗していました。

その5年後には、東京〜伊豆急下田・修善寺間を結ぶ特急「踊り子」が運転開始。オカッパ頭の踊子が描かれたヘッドマークにアイボリー地×緑色の斜めストライプが特徴的な車両185系は、長年多くの人々に愛されてきました。車窓からは相模湾の風景〜富士山も眺めることもでき、旅情もたっぷり。約40年活躍した後、2021年3月に引退しました。現在は、リニューアルした車両が運行しています。以前とは異なり、自由席がなく全車指定席となっています。

ボンネットバスは数年前に丁寧にレストアされ、イベントなどで貸切バスとして利用できるほか、様々なツアーも不定期で企画されています。2026年の年始には、週末限定で修善寺駅から温泉場駅までの特別運行も数回開催。今後も度々街中でも見かけることができそうです。最新情報は、東海バスの公式サイトをご確認ください。

ボンネットバスは以前人気が根強く、2025年には新たにナノブロック版の販売が開始されました。
自由席があった頃は、修善寺〜三島間に限り特急料金なしで乗車できたため、空いていれば気軽に乗ることができていました。
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修善寺温泉・住民発のローカル文芸マガジン『湯文好日』編集部です。様々な文芸作品を通じ、 季節や時代を超えて、 修善寺温泉を楽しんでいただけるようなコンテンツを発信しています。

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